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2010年04月11日


タイのバンコクで、ついに恐れていた流血の惨事が起こってしまいました。
どうして食い止められなかったのか?などと起こってしまってから言っても、仕方ありません。一日も早くこの混乱した事態が終息することを祈るばかりです。
闇に包まれた前政権の金権問題。そしてその金の力にまかせたかのようにも見える、人海戦術のデモ隊。数年前からソンクラーン前になるとどこからともなく湧いたようなデモ隊が組まれてきました。一日1000バーツ(約3000円)で雇われたタイ市民が集まっているだけだとの噂さえ流れていました。バンコクの街角インタビューでも「デモなんて商売の迷惑だからとにかく早くやめて欲しい。」という市民の声が多かったように思います。真相はどうであれ、人が大勢集まれば、精神状態は平常ではなくなり、日頃の抑圧された鬱憤が理由もなく爆発する起爆剤になることが充分考えられます。それは政権争いとは何も関係のないものかもしれません。イデオロギーのために命を賭けるタイ人が多いとはとても思えません。(間違っていたらごめんなさい)1991年の軍事クーデターの際にたまたま兵役(国民の義務)に出ていて、市民に銃を向けなければならなかった時の悲しみを話してくれたタイ人の知り合いもいます。「国を二分しての政権抗争」などというもっともらしい報道もやめて欲しいと思います。また巧妙な方法で関係のない市民を操るような真似は一日も早くやめてほしいです。どうか平和な日々が一日も早く戻りますように心より祈っています。

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2010年03月23日


 タイの北部の街を歩く時の楽しみの一つに、山岳民族のポストカード探しがあります。
お土産物屋さんに限らず、地元の人向けの店でも、回転台に陳列されたポストカードが大抵は置いてあり、回転台を見つけるとマメに立寄って指を真っ黒にしながら気に入ったカードを探します。北部といえどもバンコク同様に、陽射しは強く、道路に面していると排気ガスや埃がすごい。そのせいか、退色したり、埃だらけだったり、よれよれになっていたり、古いものも平気で陳列されています。ここ数年は、にこやかにモデル慣れした山岳民族の人々が洒落たデザインのポストカードになっているものも多く見かけるようになりました。個人的には盛装した人々がずらりと並んで記念撮影したようなカードより、日常生活のワンシーンを切り取ったような絵が好きです。特に子どもの無邪気な笑顔はいい。Tシャツ、ジーンズにわずか一枚の民族衣装を羽織っているようなものもむしろ自然でいい。高価な写真集にも出ていないような素敵な一枚が見つかることもあります。気に入ったものを見つけると出来るだけまとめて買うことにしています。
Lom-Sam-Nueaから民族衣装や刺しゅう布をお買い求めくださったお客様には、同じ民族のカードを選んでプレゼントさせていただいています。このたび、在庫のカードを掲載いたしましたので、お買い物の際にもしご希望のものがございましたらお申し付けくださいませ。傷んでいるもの、在庫切れの場合もございますが、その場合はどうぞ容赦ください。

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2010年02月28日

 昨年秋にオープンしたばかりの浅草アミューズミュージアムに行ってきました。
オープニング企画「布を愛した人たちの物語展」と銘打ち、津軽地方南部地方の古い衣装を展示したものです。2月いっぱいで展示が終わってしまうので滑り込みセーフで間に合いました。
 かねてより田中忠三郎氏の貴重な衣装のコレクションは「津軽こぎんと刺し子 はたらき着は美しい」(INAX出版)の中で、本がバラバラになってしまうまで飽きずに見続けていたものでした。国際基督教大学の湯浅八郎記念館で一部展示された時もはるばる見に行きました。今回は、重要有形民俗文化財として国から指定された刺し子着物786点の中から、世界初公開の約100点を紹介した画期的な展示です。あまりの期待感にミュージアムの前に立っただけで胸がドキドキと騒ぎました。展示されていた衣装は、期待以上に圧倒的存在感をもって見る人を打ちのめす力を持っていました。また展示品の説明に使われていた、田中氏の「物には心があるー消えゆく生活道具と作り手の想いに魅せられた人生」から抜粋された文章が心に滲みました。先日のNHK美の壺で草刈正雄氏が朗読していたものです。
 それでも「ものを大切にする心」「家族愛」「生きる底力」といった言葉よりも継ぎ接ぎだらけの重い「ドンザ」一枚を見る方がどれだけ訴える力があることか! ただ、大切な心が失われた消費時代の現代が「悲しい」とばかりは言えないと思ったのは自分でも意外でした。昔は人の心が豊かだった、でも凍え死にそうな生活環境はやはり過酷です。ボロボロのドンザは悲し過ぎます。スイッチ一つでお風呂が沸き、床暖房で室内でも薄着でいられることにまず感謝したいと思います。快適な暮らしが出来る時代に感謝するべきだと思います。厳しかった昔に帰るわけにはいかない。だから、襤褸のドンザが教えてくれた「モノを大切にする心、家族を大切にする心」を日々の暮らしの中で次の世代にどうやって伝えていけばいいのか皆で考えていきたいものです。

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2010年02月14日

 カレン族女性の樹皮染めサロンの美しさに魅せられてから、早や10年以上が経とうとしています。初めてこの樹皮染めサロンに出会ったのは、バンコクのシルバー専門店の軒先でした。海外バイヤーでいつも満員状態の狭い店には、何故か不思議なチン族やカチン族のビーズ満載衣装が壁いっぱいに飾ってあるのです。そして狭い店からはみ出して置かれている台の上にはもっとわけのわからない不思議物が並んでいます。これが掘り出しものに出会える、目の離せない宝の台なのです。
 さてカレン族樹皮染めのサロンは、手紡ぎ手織りの暖かい手触りが格別です。織りたての布はかなり固くゴワゴワしていますが、こなれた布は、綿毛布のような柔らかな肌触りになっています。実際に触れてみれば、その味わいに魅せられない人はいないのではないでしょうか?また絶妙な樹皮染めの色のハーモニーも魅力です。茶色とも桃色とも何ともいえない暖かみのある色合いの絣です。またその樹皮染めの色を引き締めているのが藍染めの二本ラインです。この完成された色とデザインは幾世代も受け継がれてきた揺るぎない伝統だと断言できるでしょう。この店で初めてサロンを見つけて以来、その後何年も同じ色合いのサロンに出会うことができませんでした。店の人に尋ねてももう見つからないのだ・・・ということでした。それが数年後チェンマイの有名店の棚の奥に、埃を被ったままたくさん積んであるのを見つけ出した時の興奮!「ごくありふれたものだから、いつでも手に入りますよ。」などと信じられないようなお姉さんの言葉。案の定、次の機会には、もう同じ色合いのものを見つけることはできませんでした。「Peoples of the Golden Triangle」によれば、このような絣が入った樹皮染めのサロンを着用するのは山岳部に暮らすポー・カレン族とスゴウ・カレン族たちで、絣の括り方は女性個人個人の秘密とされるため、絣の括りをする際は一人森に入り、他人の目を逃れて作業するといいます。染め自体が、精霊との交信を伴う作業だと信じられているからでもあります。「見えないもの」に対する畏れを失っていない謙虚な生き方が、投影されているからこそ、この布はこんなにも美しいのでしょう。 年々、化学染料が当たり前となり、安価な工場生産の木綿糸の衣装が主流になってきています。日本もかの地も同じなのです。

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2010年02月01日

古い布を再利用する時は、いつも迷いがあり、決断が必要です。 
ラオスの東北部の蚊帳飾り布は、母娘に受け継がれる織り文様の見本帳の役目も果たしてきました。
嫁入り道具の重要な品目でもあったため、渾身の技と記憶と祈りを込めて、織られてきたのでしょう。多種多様の文様があり、見る者を惹き付けてやまない織りです。しかし熱帯モンスーンという気候のため、蚊帳は一年中使われる生活必需品であり、一度吊るされると、洗うこともなく、次に降ろされるのは使用していた人が亡くなって役目を終えた時、ということが多いようです。そのため大部分が汚れ、黒ずみ、引き裂かれ、擦り切れ、ほとんど再利用ができないほどに傷んでしまっています。傷んでも精緻な文様が美しい布は見飽きることはないものの、ただ眺めているだけではもったいない。そんな小ギレのわずかな部分でも使えるところは使おう、と決心して布に鋏を入れました。弱っていたり歪んでいるためミシン縫いより、融通がきく手縫いが一番です。傷んでいない所だけ使う為、大きさもまちまちのコースターができあがりました。裏打ち布には日本の古い藍染め木綿を使いました。織りをゆっくり眺めながらの針仕事が楽しくて、あっという間に10枚以上縫ってしまいました。小さく縫ってしまうと汚れや小さな傷みは意外と気にならなくなり、半端布を出してきて縫い続け、気づくと50枚もたまってきました。素人の手仕事でもあり完成度は低いものです。でもラオスの蚊帳飾り布を手に取ってご覧になったことがない方に、是非この小ギレでも見ていただけたら嬉しいと思い立ちました。

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2010年01月19日


 今年も浅草に初詣に出かけました。仲見世で焼きたての人形焼きを買ったり、助六を素見したり、お正月気分を満喫しました。せっかく浅草まで来たのだからと、待乳山(まっちやま)聖天宮にお参りし、言問橋(ことといばし)を渡って三囲(みめぐり)神社にもお参りできた充実の一日となりました。三囲神社は、雨乞いなど言い伝えがあり、隅田川七福神の恵比寿神、大黒神もこの神社に奉られています。古い石碑も多く、中でも元禄14年建立の老翁女嫗の石像は興味深いものでした。近くの村に暮らす老婆は、自在に狐を呼び出すことができ、村人たちの願いを狐に託して叶えさせたというのです。初詣では大勢の参拝の人々が頭を下げ、手を合わせてお願いをしていました。願いごとは人それぞれかもしれませんが、多くの人が今年一年、家族や子ども、大事な人が健康で息災に暮らせることを祈ったのではないでしょうか?家族の無病息災を祈る時、やはり頭に思い浮かぶのは、昔の人々が機織り、刺しゅう、衣服の仕立てをする際に、同じようにそれを身につける家族の無病息災の祈りを込めたということです。それだからこそ、手間と時間を惜しまずに、材料になる繊維を育て、糸にし、染めて、織る。また膨大な時間をかけて刺しゅうをすることができたのです。そんな切実な祈りを込めた衣類だからこそ、持てるすべての技と集中力を発揮することができ、その結果は見事なまでに美しい形となって現われて、現代の私たちの心を打つのだと思います。大量生産の衣類にはその「祈りの気持ち」がなくなってしまったのです・・・人々の心の中にはまだ「祈り」の気持ちが残っているのにもかかわらず。画像は三囲神社の愛嬌ある狐様です。真新しいよだれかけが清々しいですね。

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2010年01月01日



新春のおよろこびを申し上げます。
旧年中は大変お世話になりありがとうございました。昨年も例年通り、買い付け旅を無事終えることができましたのも、皆様方の温かい励ましや応援の御陰です。本当にありがとうございました。本年も、そばに置いておくだけでも心温まるような布や籠をご紹介出来ますよう努力していきたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。本年も皆様にとりまして限りない希望と幸せが訪れますよう心よりお祈り申し上げます。
画像は昨年末の買付け旅の折りにチェンマイで出会ったものです。ヤオ族の道教の守護神の木彫り像です。宗教儀式の際に宗教画とともに導師が秘技を執り行う時に使われるものです。
2009年12月21日


買い付け旅より無事に戻りました。今年も残すところあと10日です。本年も皆様の御陰で無事に二回の買付けの旅を終えることができました。今回は北部の街にも足をのばし、古寺巡りや織りの村見学など盛りだくさんの充実した旅になりました。12月というのにかの地は猛暑。日中の太陽はじりじりと容赦なく肌を焼き、冷房で冷えきった建物の中との気温差で体調は崩れる寸前。いつも通り気力で乗り切った旅でした。買いつけはまたもや「ヤオ尽くし」といった感があり、顔なじみの店では「どうしてこんなにヤオが好きなの?」と訝しがられたり、「あなたのために、極上のヤオパンツを特別に取っておいたわ。」とウインクされたり、楽しい買付けの連続でした。どうやら私の顔⇒ヤオ族という印象が定着しつつあるようです。ヤオ族の房付きベルトや、道教のお守り、ウエディングベール、銀のボタン、もちろん定番のパンツもたくさん仕入れることができました。ヤオ族の守り神が後ろについくれているのかも・・・とすら思えてきます。とはいえ、黒モン族の素晴らしい襟布のついた衣装や、魚型の籠などたくさんの出会いがあったことに今回も心から感謝しています。この出会いを無駄にすることがないように、また新たな気持ちで新年を迎えることができるように、気を引き締めて残り少ない2009年を過ごしたいと思います。旅日記もどうぞご覧くださいませ。
こちらです。☞

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2009年11月25日

  片袖のとれた綿入れ半纏がやってきました。かわいいぼた雪の雪んこ絣です。片袖がない上に襟布は黄ばんでいて手入れが必要。早速、手持ちの雪ん子絣の端切れを持ち出してあれこれと材料を選びました。小雪の雪ん子と蚊絣の端切れを見つけて片袖と衿布に使い、見違えるほど立派な?綿入れ雪ん子半纏が完成。暖房知らずの部屋着になりました。いつのまにかたくさん手元に集まってきた雪ん子絣を改めて見直してみると、一口に雪ん子絣といっても柄の大きさも味わいも多彩だと感じます。「絣足」といって、糸を染める前に括られた部分と括られなかった部分の染めぎわに出きる「にじみ」もそれぞれの個性があります。にじみの味の良さ以前にも、緯糸と縦糸の絣模様をピタリと合わせる織りの技も千差万別。手持ちの布も織りの技術にかなりの差が出ていることに改めて驚きました。小粒でも丸く柔らかな雪が降ってるような絣もあれば、織りの乱れが激しくて、雪の形になっていないものもあります。綿花の栽培、糸ごしらえから絣の括り、染め、機ごしらえ、織り、のすべての工程に手を抜くことなく誠心誠意打ち込んで、ようやく一枚の美しい絣が織り上がることに改めて感嘆します。当たり前のことですが、どの工程ひとつでも手を抜くと、そのほかの工程の努力が無になってしまいます。、特に最後の織りの作業で経緯の織り模様を合わせる、緻密な作業を怠ると、それまでのすべての努力が無駄になってしまいます。あらゆる仕事に共通することですが、「布を織ること」この仕事の奥深さを改めて感じる機会となりました。

画像は左から、一重の半纏、裏付き袖無し、裏付き継ぎ半纏、子ども前掛け、もんぺ、着物解き、もんぺ、キルトの作りかけ。

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2009年11月02日


 タイ時代の布仲間のご縁で、インドネシアのオールドバティックの蒐集家の方の倉庫を見学させていいただくという、幸運に恵まれました。数々の門外不出のバティック逸品を見せていただいたり、かの有名なテンガナン村の縦横絣グリンシンや、20年も前から一度目にしてみたかったバリ島の幻の絣などの古布に触れて、夢のようなひとときを過ごすことができました。またインドネシア奥地への布探訪の秘話や布泥棒の話などをお伺いして、瞬く間に時間が過ぎ去っていきました。そして最後に、倉庫の中をゴソゴソと埃にまみれながら見つけ出してくれたもの!それがこの画像の樹皮布でした!幻の樹皮布があるかもしれない・・と前宣伝していた友人の言葉をその瞬間まですっかり忘れていたのでしたが・・・
帰宅して樹皮布のことを調べてみると、やはり大変貴重なものであるということが判明。(当たり前です)エキサイトの「スラウェシ探訪記(速報版)」によると、「世界で、インドネシアの中部スラウェシのみが、古代・新石器時代から現代に至る2000-3500年もの間、歴史を紡いで樹皮布の伝統を残した唯一の地域」とのことでした。これは驚異的なことです。また、「Paluの近郊ではKutikaという占いに使う「暦」の素材はカジノキの樹皮布であったし、Mokesoという新石器時代から行われていた歯切りの儀式では樹皮布を被らないと血が止まらない、と信じられ使われてきた。シャーマンのBalia儀式用の服や帽子Sigaはカジノキで作った樹皮布とされてきた。死者を包む布として、儀式に多くの調査地で使われてきたことを聞いた。棺おけの中にカジノキの樹皮布を敷いて死体を包むと腐らない、との説明もあった。」とあります。いずれにしても実際の樹皮布は、とても暖かい感触が残り、ざらざらとしているようでいて皮膚に優しいぬくもりを感じさせるものでした。それに大きさにも驚かされます。しかし、「この世界で唯一、2000年から3500年もの歴史を刻んできた中部スラウェシの樹皮布生産も、生産者の高齢化、使う文化・機会の減少などから「風前の灯」のような危機的状況にある」という絶望的現実があるようです。
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2009年10月13日
 



ショップの移転を機に看板を刷新しようといろいろデザインしてみました。数日をかけてたくさん候補を考えてみたものの、以前から使っていたラオスの意匠「シーホ」に最終決定しました。慈愛の守護神と言われる、頭が象で体はライオンのユーモラスな「シーホ」はいつでもお店を見守ってくれると思ったからです。思い入れの多い、ヤオ族の刺しゅう布や大好きなパミアカ族の精緻なクロスステッチなど最後まで迷ってしまいましたが、シーホをLom-Sam-Nueaの守護神に据えるのが一番相応しいと決定しました。これからも当店のシンボル「シーホ」をよろしくお願い申し上げます。
看板に使った布は上から、ヤオ族長着の刺しゅう、パミアカ族の脚絆、アカ族バッグの刺しゅう、ヤオ族ターバン布、パミアカ族小袋の刺しゅう、ラオスの蚊帳飾り布の浮き織り、です。
2009年09月23日




空前の大型連休・・・尾瀬を歩いてきました。かの地はすでに秋。ミヤマシグレやタニウツギが真っ赤な実を付けていました。ブナや白樺の大木には燃えるように紅葉した蔦がからみつき、目にも鮮やかな秋の気配が辺り一面に立ちこめていました。
アヤメ平では、草紅葉の草原にさわさわと風が起こったかと思う間もなく、白いガスがヒューと音をたてて吹き上げてきました。まるで雪女が冷たい息を吹きかけているようです。あっという間に視界は0。自然の威力を感じました。アヤメ平を過ぎて尾瀬ケ原ヘ下るにつれて雲は晴れていき、ブナの林に次第に秋の陽が差し込んでいく様子は、神々しいばかり。きらきらと木漏れ陽が輝き、まぶしくて美しくて、目も心も洗われていくようでした。日頃、塵埃にまみれた心と目が尾瀬の自然に洗われれる三日間でした。どこまでも続く木道の上にヤオ族の刺しゅう布やラオスの古布を広げてみたい誘惑にもかられてしまいました。
2009年09月16日




七ヶ月ぶりのバンコク買い付け旅から無事戻って参りました。今回は新型インフルエンザの流行がまだまだ心配される中での訪問でした。ここ横浜市でもすでに感染者が200名を超えたとの情報もある中、当初の騒がれようが嘘のようにインフルエンザ報道は陰をひそめ、マスクをしている人もほとんどいません。それに引き換え今バンコクでは朝のニュースでもマスク着用を呼びかけたり、マスク着用方法を紹介したり、関心の高さは日本以上。マスクを付ける習慣が全くなかったタイの人々がBTSや地下鉄の中でマスクを付けている光景に新鮮な驚きを感じました。かわいいピンクや若葉色のマスク、小花模様、人目をひく派手なイラスト入り、ギャグ漫画のようなマスクありで、シリアスな話題を笑いや楽しみに変えてしまうタイ人気質にあらためて感心してしまいました。道ばたの露店で包装されていないマスクを売り子が手に取って売っているのもどうしたものか・・・さて買い付けのほうは、新しい仕入れ元も新たに加わり、ベトナムのヤオ族の衣装に数多く出会うことができました。結果として大満足の充実した旅となりました。出発直前まで他の懸案事項で頭がいっぱいで仕入れに対する念じ方が足りないような不安もあったのですが、今回も思いも寄らないようなすてきな出会いがたくさんあったことに心から感謝しています。最終日には世界遺産のアユタヤ遺跡巡りも楽しむことができ幸せでした。気力も充実したところでこれから撮影とアップに励みたいと思います。どうぞご期待くださいませ。
2009年06月01日



2009年04月13日



2009年03月22日



2009年01月25日



2009年01月01日



2008年12月13日



2008年10月03日



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